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2019/08/01

はたらくおとなたち -第十二回 フィットネスジム LIKESPORTS 糸数 洋輝さん-

みなさん、こんにちは!『はたらくおとなたち』では、社会人として働くみなさんに伺った、ご自身の仕事やそのやりがい、将来どんな人になりたいかといったお話を、読者のみなさんにお伝えしていきます。インタビュー後、お相手の方に社会人として働くご友人の方を紹介していただきながら、わたしたちは多様な働き方を知る旅をしていきます。

第十二回目は、マンツーマンレッスン専門フィットネスジム LIKESPORTSの糸数 洋輝(いとかず ひろき)さんです。

 

プロフィール:

糸数 洋輝 (いとかず ひろき)
マンツーマンレッスン専門フィットネスジム LIKESPORTS
代表取締役社長/トレーナー

高校卒業後にビジネス専門学校へ入学し、就職するも1年経たずに退職。その後西原町役場での臨時職員を経て、上京を決意。湘南医療福祉専門学校に通い、パーソナルトレーナーとしての道に進む。関東で約8年パーソナルトレーナーとして働いたのち、2019年沖縄にて独立。

 

まずはじめに、糸数さんの学生時代の話をお聞かせてください。

高校を卒業後、那覇の専門学校でキャリアビジネス科というコースに通っていました。元々は沖縄国際大学に通おうと思って推薦の試験も受けたんですけどね、成績は悪くなかったですけど小論文を適当に書いてしまって(笑)。結局、推薦入試に落ちてしまいました。

その後途方に暮れていると、兄が通っていた専門学校のサッカー部の監督から声をかけてもらったんです。それがきっかけでその専門学校に入学することになりました。大学編入を視野に入れていたこともあり、経理事務が学べるキャリアビジネス科というコースを選択したんです。当時は、あまり仕事や将来のことは何も考えていなかったというのが本音ですけど。結局、2年生の時に就活をして、先生に勧められて選考を受けた大手メーカーの管理部で働かせてもらえることになりました。

入社してすぐはできることもないですし、とにかく掃除を一生懸命やってました。トイレ掃除にはじまり、社屋の備品が置かれている倉庫の整理など、とにかくできることはこれだと思って頑張ってましたね。そんな姿を部長が見ていて、僕が掃除をする前と掃除をした後でどんな変化があったかを社員にわかるように公開しようと言ってくれたり、そういう細かな努力も見てくれている会社でしたね。ネームバリューもある会社でしたし待遇も良かった。

ただ、自分がやってる仕事の意味があまり見出せなかったんです。売り上げなどの数字をまとめて表にしていく管理部の仕事を、年を取っても継続していくイメージがあまり見えなかった。周りの人たちも熱意を持って働いているように見えなかったことも合わさって、8ヶ月で辞めてしまいました。

 

全然違うお仕事をされていたんですね。その後どうしてトレーナーになられたんですか?

仕事を辞めた後は西原町の町役場で臨時職員をやっていました。そこもずっと働いていきたいということではなくて、もともとやっていた経理の仕事も活かせるし、何よりその契約期間の中で僕が仕事としてやっていきたいことを見つけようと思って。

適性診断やネット検索したりしましたけど、サッカー部の先輩に聞いてまわってみると「好きなことをやれ」と言われたので、本当に好きなこと、やりたいことってなんだろうとずっと考えていました。結果、好きなことは小さい頃から続けてきたサッカーだったので、サッカー、もしくはスポーツに携わる仕事をしようと決意しました。

そこからは横浜の医療福祉関連の専門学校を見つけて、志願書を取り寄せ受験してと、行動は早かったですね。親に県外に行くというのは一言も言ってなかったので、合格して入学金の支払い用紙が届いて初めて知られたくらいで。なんとかしてもらえるかなと思ったけど、怒られましたね(笑)。今思えば当たり前ですが。

県外の専門学校に通い始めてからは、とにかく食べていくのが大変でした。勉強もしないといけないし、生活費もなんとかしないといけないし。だけど僕自身がやりたいと決めたことのためだったので全然大丈夫というか、やらされていることではないので苦ではなかったです。あの時の「やりたいことのためなら頑張れる」という時期があったから、我慢強くなったんじゃないかと思います。

 

トレーナーとして、仕事のやりがいはどういうところにあると思いますか?

専門学校を卒業した後はそのまま県外の加圧トレーニングのジムで4年間、さらにパーソナルトレーニング専門のジムで4年半働いていました。いつかは沖縄に戻ってくるつもりもあったので、とにかく沖縄に仕事持って帰れるように頑張ろうというつもりで働いていました。そもそもこの仕事をやっていて思う楽しさは、トレーニングを受ける人の気持ちを理解し、トレーニングの動き方のイメージを共有し、お客様が思った通りの効果が得られることにあると僕は思っています。

また教えるからには自分が経験していないといけないことばかりですから、自分ができることが増えていくこともこの仕事の楽しさと言えます。後は、心と体ってリンクしていて、体を動かし続ける仕事なので、働く中で心が落ち込むってことがそんなにないのも、この仕事のいいところかも知れません。

 

そこから沖縄で独立されたのは、どんな理由があったんですか?

初めて働いた加圧トレーニングのジムが事業規模を縮小していくタイミングがあって、その時に何名かのメンバーで新しくパーソナルトレーニング専門のジムを立ち上げたんです。その時の経験が自分にとってはとても大きくて、自分たちでジムを作っていくことの難しさや、楽しさを知るきっかけになりました。例えば、それまではマニュアルの大事さってなんとなくは理解してたんですけど、マニュアルがあることでトレーナーによっての顧客の満足度のばらつきをなくせたりするんです。

でも、僕たちが立ち上げたジムはそういうものも一から作っていかないといけなかった。本当大変でしたね。いろんな失敗や成功を積み重ねて、組織を作っていくプロセスを見ることができたのは、とても大きな経験になりました。

その後、僕も30歳を前にして今後どうしていくかを考えた時に、「家族の近くにいたい」という想いが強かった。思い切って、沖縄に戻って自分でジムを立ち上げることを決意しました。それからは早かったです。沖縄に戻ってからわずか2ヶ月で開業まで事が進んで(笑)。変化として一番大きいのは、それまでは会社に守ってもらっていたのが、その看板もなくなり全てが自分の責任になるということ。

そもそも今は一人きりなので、自分が怪我したら代えも効かないですしね。とにかく自分の頑張り次第で結果がいくらでも変わってくる。集客からはじまり、トレーニングの在り方まで全部自分の責任。特にトレーニングの結果としてジムにきたお客様が体重計に乗るときは本当にプレッシャーを感じます。僕のトレーニングのあり方が、体重という数値でダイレクトに見えてしまいますから。

だからこそ、今まで以上にトレーニング中のお客様への声の掛け方は意識しています。相手のことをよく見て、響く言葉を意識しながら、モチベーションから動作までより効果が出るよう言葉をかけることを一番重視しているんです。

糸数さん自身、これから先のキャリアをどう考えていらっしゃいますか?

今は、やりたいことをやってるとは言えるけど、目指している通りかというとそうではない。とにかく知名度、サービスの品質、クオリティにおいて、県内でナンバーワンのジムを目指したいです。7年間かけて、すくなくとも3店舗は出したい。お店を作って、システムを作って、現場のトレーナーを育成して、僕は全体を管理していく。そういうキャリアを実現したいですね。

正直いうと、組織に属していた時にもっと挑戦しておけばよかったなと思ってます(笑)。失敗してもいいわけではないですが、今の個人の看板と違って、何かあっても会社が守ってくれる状態の時に、もっとチャンレンジしていろんな経験を積んでおくべきだったなと。まあでも今は、とにかく自分の責任のもとできることを全部やって、僕自身が目指したいビジョンを実現していきたいという想いでいっぱいです。

若い人たちに伝えたいのは、とにかく人を喜ばせることを癖づけてみてください。はじめはどんな仕事でもいいですよ。任されたこと、お願いされたことに+αで「これをやってあげたら相手も喜んでもらえるだろう」と思うことを、こだわってやり切ってみてください。

そういう癖をつけていくと、人間関係もよくなるし、何より人からモテるようになります。その+αのこだわりが価値になって、お金もついてくるようになる。僕はトレーナーになってそういうことを学びました。ただトレーニングの指導をするだけじゃなくて、相手を喜ばせることで、会話のラリーは少なくても円滑になるんです。是非、皆さんも周囲の誰かを喜ばせる+αを意識して、あなただけの価値を磨いてみてください。

 

糸数さん、ありがとうございました。自分の責任のもと行動することや、相手を喜ばせる+αの行動を癖づけること。みんなが常日頃意識できないことを継続されていくからこそ、それが自分の価値になっていくいんだなと思いました。糸数さん、素敵なお話を本当にありがとうございました!

 

さて、次回はどんな方にお話をお聞きできるのでしょうか。今から楽しみです!みなさん、次回の記事も是非読んでくださいね!最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 

記事を書いたメンバー

記事を書いたメンバー

松田 和幸

琉球大学生。トポセシアの広報担当。SNS運用や広告物の制作、取材・執筆を行いながら、沖縄県内のwebメディアでもライターとして活動する大学生。おもに就活生に向けた企業紹介記事を書き、他のwebメディアでは企画記事なども書いている。オモコロとデイリーポータルZが開催した『日本おもしろ記事大賞』という記事のコンテストで、審査員賞を受賞したことがある。