TOPICS トピックス詳細

2019/10/29

はたらくおとなたち – 第十三回 株式会社LUXE BRAND 代表取締役 玉城偉光さん –

みなさん、こんにちは!『はたらくおとなたち』では、社会人としてはたらくみなさんに伺った、ご自身の仕事やそのやりがい、将来どんな人になりたいかといったお話を、読者のみなさんにお伝えしていきます。

インタビュー後、お相手の方に社会人としてはたらくご友人の方を紹介していただきながら、わたしたちは多様なはたらき方を知る旅をしていきます。第十三回目は、株式会社LUXE BRAND代表取締役の玉城偉光(たまき たけひろ)さんです。

プロフィール:

玉城 偉光(たまき たけひろ)
株式会社LUXEBRAND 代表取締役/株式会社Arnest 取締役/人材育成LEAD事業部最高責任者。

興南高校出身。高校卒業後、イベントの企画制作を始める。『クリスマスクルージングパーティー』『ホワイトパーティー』などを主催。その後、起業のきっかけとなった『泡フェス』を開催する。『コロナフェス』などの運営にも携わる。「楽しく遊ぶ」をモットーに、「沖縄を豊かにする」というビジョンを達成するための会社経営を行なっている。

 

株式会社LUXE BRANDは、高校卒業後にご自身で立ち上げられた会社だと伺いました。どのような経緯で起業をされたのですか?

「友達と楽しく遊びたい!」この思いが、まず一番だったと思います。それをきっかけに、友達と楽しく遊べるイベントを開催したんです。当時、沖縄には遊びが少ないと感じていました。沖縄で遊ぶと言えば、友達とお酒を飲んだりドライブに行ったり。でも、いつからかそれの繰り返しだなと思っていました。だから、自分たちが思いっきり楽しめるイベントを、自分たちでつくっちゃおうと思ったんです。

クリスマスに豪華客船を貸し切ってクルージングパーティーや、国際通りのお店を貸し切って、参加者全員が白のドレスコードだけのホワイトパーティーを企画しました。ホワイトパーティーの際には、国際通りに白い服の行列ができるほど人が集まったんです。大盛況の結果、残った売上金は7000円でしたけどね(笑)。

その後、フェスを企画しようと考えました。たまたま見た動画で、スペインの泡フェスというイベントがあったんです。泡を出す装置から大量に吹き出すバブルシャワー、参加者全員が泡だらけになって楽しんでいるんです。これをやりたい!と思って調べると、装置は一台70万円。合計で300万円の資金があれば実現出来そうだと考えて、3000円のチケットを1000枚売るという目標を掲げました。

結果、大成功。運良く手元には数百万円のお金も残り、このお金をどう使おうかなと考えた時、僕はこういうイベントを企画し続けたいと思ったんです。だから、会社の事業にしようと、起業したんです。

 

起業されてから、どんな苦労がありましたか?

起業したものの、当時は仕事がまったくありませんでした。なので、僕と社員はみんなでイベント現場の派遣アルバイトに登録してお金を稼いでいましたね(笑)。でも、アルバイトだからといって、手を抜いたりは一切しませんでした。僕たちはイベントを0から作ってきた経験もある。

だからこそ、誰よりも一生懸命現場の仕事に取り組んでいたんです。すると、現場の監督さんにも認めてもらえるようになり、あるイベントの制作に携わらせてもらえるようになりました。

制作というのは職人の仕事、細部にもとことんこだわり、来てくれる人たちをどれだけ楽しませることが出来るかを追求するんです。イベントに対する熱意やお客様に対する姿勢からたくさんのことを学びました。すると、今度は琉球海炎祭の仕事に携わらせていただけることになったんです。そこから徐々に仕事が増えていったんです。

右も左も分からないまま起業したので、そうやって地道に仕事を得ていくという苦労はやっぱりあったかもしれません。もちろん、順調に成長してきたわけでもなくて。会社を登記して3ヶ月後には、経費がかさんで資金が足りなくなるという、今思い出しても一番ヤバい事態が起きたんです。その時は仕事の予定も、売り上げを作るプランもない状態。会社としてできることもない。

一緒にやってきたチームもここで解散せざるを得ないんじゃないか、そんな状態に追い込まれていました。そんなとき、これは本当に運が良かったと言うしかないんですけど、コロナフェスの運営の方から、沖縄で初めてコロナフェスを開催したいという話が舞い込んできたんです。その頃の沖縄には他にもいくつかイベント会社はあったのですが、イベントの性質上ちょっとやんちゃなイベント会社に頼みたいとのことだったんです。

その頃僕たちはいくつもイベント制作の経験を積んでいたし、運営に関わってくれるメンバーも100名以上いて、向こうがほしい人手も制作を手伝える経験も持っていました。そこで業務提携という形で3ヶ月間仕事をさせていただいて、未曾有の危機を乗り切ったんです。

 

ものすごく運がいいですね(笑)。

そうなんですよ(笑)。運が良いと言えば、泡フェスでもそういう経験がありました。泡フェスは会社の事業のシンボルとして毎年開催していて。毎年順調にお客さんが増えて、5年目には1万人を超える来場者を予定していたほど大きいイベントになったんです。

しかし、当時はずっと経費の管理を肌感覚でやっていまして。おかしな話ではあるのですが、5年目の泡フェスを開催すると、1,000万円の赤字が出る計算だったんです(笑)。会社のメンバーは全員、当然ながら中止しようと僕に訴えていました。でも、僕はどうしてもやりたかったんです。だから強引に開催を決定して、準備をして、いざ本番を迎えるぞというタイミングで、台風も来て‥‥。中止するしかない状況になったんです(笑)。

その時、保険に入っていたおかげで、会社として存続できるくらいの赤字に抑えることができました。あの台風がなかったら会社は潰れていたかもなと思います。それでも中止の2ヶ月後に改めて開催することを決めたんですけどね。それもまた台風で中止になり、結局僕たちは生き残りました(笑)。

でも、僕がそこまでして開催したかったのは、やっぱり制作に携わってくれたみんなが一生懸命作り上げてきたものを誰の目にも触れないまま壊さなくちゃならないのがたまらなく嫌だったからなんです。お客さんに楽しんでほしい一心で、みんなで協力して作り上げてきたものが台無しになるのが悔しかったんですよね。

 

そのようなたくさんの経験をされてきた中で、ご自身にどんな成長を感じられましたか?

自分がこの仕事を始めた原点である『遊び』が自分の芯になった。感覚的なことなんですけど、今はそれがものすごくしっくり来ていることが成長なのかなと感じます。実は、起業したての頃、経営者としてちょっとカッコつけていたんですよ。経営やビジネスの勉強をして、会社を引っ張って行く立場としてしっかりしようとしていて。イベントをビジネスとしてやっていかなきゃいけないという焦りから、今よりもずっと働いてもいました。でも、めちゃくちゃ仕事をしているのに売り上げが全然伸びなかったんです。

そんなある日、クルージングパーティーを開催したときにお世話になった方に久々にお会いして。そのとき「普通だね」って言われたんです。衝撃でしたね。そのパーティーを開催しようと思ったときは、お金がないのに船を借りようとしていたし、お金がないなら先に作ろうとチケットを前売りして開催に漕ぎ着けた。常軌を逸した熱量があったのにと。それを聞いて、昔の自分に戻ろうと思いました。

自分たちのやることの中心にはいつも「遊び」があって、自分たちが楽しめるものづくりをする。その原点を忘れていたなと思いました。その言葉があったおかげで、今の会社があるというくらいに大きな転換点でした。辛いことも苦しいことも楽しめるようになったし、日々起こる問題も社会課題も楽しんでやろうとなれたのは、遊びが自分の芯にハマったからだと思っています。

 

ちなみに、学生の頃はどんな人だったんですか?

中学生、高校生の頃は、実はおとなしい少年でした。ずっと人を見て、人に気を遣うことを心がけていましたね。クラスの中心で盛り上げるなんてこともなく。自分が一番普通で、「一般的な学生」という言葉が似合う学生だと思っていました(笑)。

 

それからどのように今の玉城さんになったんですか?

イベントの道に踏み出した一番大きな要因としては、バスケットボールをやっていたことだと思います。部活のみんなで日々一生懸命練習して、大会で優勝した時の達成感がとてつもなく好きだったんです。でも高校を卒業すると、その達成感を経験できる機会って全然なくて。バスケットボールのプロリーグを見ながら羨ましく思っていました。みんなで一つの目標に向かって取り組んで、大会に臨んで優勝する。負けたらやっぱり悔しいけど、それもまた楽しい。そういう達成感を味わえる機会を求めていたんです。

卒業後は大阪に行って、たくさんの遊びを経験しました。その中で「もっと楽しいことがしたい」「物足りない」という感情が湧いてきて、同時に何かを企画する幹事の立場が一番楽しいぞと気づいたんです。企画して、作り上げて、開催して、みんなで喜びを分かち合う。それってバスケ部時代に感じていた達成感だと思ったんですね。だからより大きなイベントを企画して開催しようと、クルージングパーティーなどをやってきて、今に至るわけです。

 

これから玉城さんは、どんな人になっていきたいですか?

これ、よく聞かれる質問なんですけど、正直まだ分からないんです。僕にはずっと大事にしている考え方があって、それは、自分はバカだってこと。バカな脳みそで未来のことを考えても分からないから意味がない。今を全力で生きるしかないと、常々思っています。自分の将来がどうなるかなんて、どんなに頭がいい人でも分からないのに、僕に分かるわけがないんです。だからこそ、今の自分がやりたいことを決めて、全力でやる。その繰り返しが、将来のもっと楽しい自分につながるだけだと思っています。

 

では、玉城さんが、今やりたいことは何ですか?

「沖縄を豊かにする」それが僕のやりたいことです。豊かさとは、選択肢の多さが関わってくると思っているんです。そのために、LEADというスクール事業で、沖縄の若者たちに僕が今まで得てきた価値観を伝えたり、自立したキャリアを進むことができる力を得られる環境を与えたりしていきたいと考えています。

自分のやりたいことをやって、ちゃんと生きていくこととか。悩みも苦しみも遊びとして楽しんでいけるんだとか。そういう人生を歩むか歩まないかは個人の自由だと思います。やりたくない人はやらなくていい。けれど、知ることは大事だと思うんです。社会人としてのそういうあり方が、ちゃんと稼げるビジネススキルとともに身につく場所を今沖縄に作っています。

僕は、僕より若い世代の人たちから相談を受けることが多くあります。話を聞くと、みんな人間性はとても素敵なんです。でも、今の沖縄は”やりたいこと”より”やらなきゃいけないこと”を優先せざるを得ない環境にいる人が多い。だからこそ、稼げることは当たり前にして、その後どうしたいかを考えられる人材を育てていきたいんです。

そういう人たちがゆくゆく沖縄で働くようになると、その下の世代の若者たちは恵まれた上司に出会うことになります。人生を楽しみたいと思っているような人が会社にいれば、その周りの人、社風、そして会社や地域全体が変わっていくはずなんです。

しっかりと稼げる能力を持って、自分が何をしたいかで仕事や働き方を選べること。どれだけ稼いだかじゃなくて、どれだけ沖縄を豊かにしたかを大事にする人が増えれば、沖縄は豊かになると思っています。そんな沖縄を実現したいんです。

 

最後に、学生のみなさんに向けてメッセージをお願いします。

悩みや不安というのはネガティブなものじゃないということは伝えたいです。悩みがあるからこそ、やることが生まれて、だから楽しいんです。人生という大きな枠組みで物事を捉えると、そこで起こることはすべて楽しむための要素なんですよ。

人生ゲームってありますよね、あのゲームがお金を稼ぐことを繰り返して大富豪になるだけのルートしかなかったら楽しくないと思うんです。でも結婚したり、家を失ったり、みたいに成功も失敗もあるルートを通った方が盛り上がるし、楽しいですよね。しかもこの先何が起こるかわからない手探り状態で進んでいくからハラハラする。だから、楽しめる。

そうは言っても、全てを楽しい思うことはなかなかむつかしいと思います。でも、固定概念を捨ててみることもときには大切かもしれません。悩みや不安は抱えたくないものとか、就職は必ずしなきゃいけないものとか。個人的にはそれって、固定概念でしかないと思うんです。就職も、仕事先を選ぶというより、どこで学びたいかを考えて選ぶ。そのほうが自分のやりたいことに近づけるはずです。今やりたいことがなくても、学んでおけば将来の選択肢が増えていくはずです。

だからまずは、今の自分が考えられる範囲で、3年後、6年後にこれをしたいというゴールを時間軸と一緒に定めたほうがいいです。あとはそれを達成するために何をするか決めて、やっていくだけ。それを積み重ねていれば、悩みや不安というのは次第になくなっていくと思いますよ。もし、それでも悩みが消えないなどあれば、ぜひ相談しにきてください。いつでも待ってます。

 

LEADの詳細はこちら→https://infoleadokinawa.wixsite.com/mysite-2

 

ぜひ、読者のみなさんからメッセージをくださいとのことだったので、玉城さんのSNSのリンクをいただきました。

facebook→https://www.facebook.com/CLOWTAKA

Twitter→https://twitter.com/Tamaki_luxe

 

(編集後記)

玉城さん、ありがとうございました!仕事も不安も悩みも楽しむしかない。その姿勢でちゃんとお金を稼いで生きてきた自分がいる。というお話にとても勇気をもらえました!また、玉城さんのおっしゃる将来設計は、イベント企画に似ているなと。

自分の人生に加えたい出来事を定め、そのために必要な準備を着々と進めていく。将来どうしたいかより、何をいつ経験したいかを決めて、努力をしたほうがいいというお話は、思わず首を縦に振り回すほど納得感のあるものでした。自分の「これをやりたい」に真っ直ぐに、尋常ではない量の努力をしているおとなの生き様は、これからを考える多くの若者たちの背中を押してくれると感じています。

記事を書いたメンバー

記事を書いたメンバー

松田 和幸

琉球大学生。トポセシアの広報担当。SNS運用や広告物の制作、取材・執筆を行いながら、沖縄県内のwebメディアでもライターとして活動する大学生。おもに就活生に向けた企業紹介記事を書き、他のwebメディアでは企画記事なども書いている。オモコロとデイリーポータルZが開催した『日本おもしろ記事大賞』という記事のコンテストで、審査員賞を受賞したことがある。