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2019/05/06

はたらくおとなたち -第三回 株式会社Payke 比嘉 良寛さん-

みなさん、こんにちは!『はたらくおとなたち』では、社会人として働くみなさんに伺った、ご自身の仕事やそのやりがい、将来どんな人になりたいかといったお話を、読者のみなさんにお伝えしていきます。インタビュー後、お相手の方に社会人として働くご友人の方を紹介していただきながら、わ たしたちは多様な働き方を知る旅をしていきます。第3回目は、paykeのCFO、比嘉 良寛(ひが よしひろ)さんです。

 

プロフィール:

比嘉 良寛(ひが よしひろ)

取締役CFO

 琉球大学法文学部経済専攻卒業。同大学卒業後、㈱沖縄銀行入行。沖縄銀行では主に融資業務に従事。Paykeを創業と同時に同社を退職。2014からPaykeにファウンダーとして参画。金融経験を活かしてPaykeでは財務担当。

 

さっそくですが、比嘉さんは就職活動はされていたんですか。

 

してましたよ(笑)。就活といっても、そもそも選考受けた企業って、NTT西日本と沖縄銀行のみ。NTTはイチロー選手が当時CMに出てて、選考を受ければ「もしかしたらノベルティとかもらえるんじゃないか」という軽い気持ちで受けたくらい。結局最終選考まで進んでも何ももらえなかったんですけど(笑)。沖縄銀行の方は、大学内の企業説明会に参加したときに、リーゼントで銀縁メガネかけている人がいて、その人がなんと人事だった。「こんな変な人が人事やれる沖銀ってすげー!」って思えるくらいに印象に残ってます(笑)。当時の僕にとっては、「地方銀行が沈みゆく産業である」ということが、何よりも魅力的でした。というのも、りそな銀行に細谷英二さんという社長がいらっしゃって、当時ガタガタがだった、りそなの経営を見事に立ち直らせたという事例を知っていて、僕もそれに憧れてたんですね。どうせ仕事するなら、そういう産業を立て直していくようなことがやりたいという想いがあって。だから社風も含め、沖縄銀行が本命でした。合説の度に沖縄銀行のブースに座り顔を覚えてもらって、他の銀行のブースに行っても沖銀しか興味ないとか言ったりしてました。結果採用してもらい、卒業してからは沖縄銀行の西崎支店で働いていました。

 

そんな社会人としてのスタートから、Paykeはどう立上げていったんですか。

 

paykeのCEOでもある古田と初めて出会ったのは、僕が4年生で受けた大学の授業でした。ベンチャー起業講座という授業で、僕が受けた時が第1期目。授業内容が厳しすぎて開始当初は多かった学生も、最後は5名くらいになっていました。授業の最後1ヶ月は、何名かでチームを組んでビジネスモデルをプレゼンする機会があり、チーム分けの時にもともと誰かの下につくタイプじゃない古田と自分が残っちゃったんです。先生にも余りもんだから二人で組めと言われて、二人でチームになったんです(笑)。でも、古田が途中で音信不通になって。まあ当時、古田は1年生だし、仕方ないなあというくらいにしか思ってませんでした。それで、一人で発表の準備をしていたら、発表3日前に突然電話かかってきて「あの課題どうなってますか」と(笑)。二人の出会いはまあそんなもんですね。

で、その後卒業して社会人として働き始めた後、ベンチャー起業講座の第二期がはじまる時に「OBとして遊びに来ないか」と先生方に言われて顔を出したら、たまたま古田も来ていたんです。その時に、せっかく出会ったんだし、これから定期的に集まって、なにか面白いことをやろうという話になって。毎週集まっては何か解決できそうな課題を探すために、沖縄中をドライブしては議論していました。いろんなアイデアを出しましたが最後は課題を絞って、消費者の行動の中で商品を手にとってデータをスキャンするプロセスの中で、何か切り取れるものはないかと思ってできたのが、今のpaykeの始まりです。

その後1年はまだアプリもない中、無料の動画作成ソフトでつくったプロモーション動画を空港にいる外国人に見せて「もしこういうアプリがあったらつかいたいか」といったアンケート取ったり、エンジニアの集まるイベントに顔を出して一緒に動いてくれるエンジニアがいないか探したりしていました。当然、平日は働きながら、paykeの活動は無給です。で、たまたま優勝すれば賞金が出るビジコンが沖縄で開催されていて、そこで最初のアプリケーション開発に必要なお金を獲得し、ようやく形になっていったんです。

 

 

立上げ当初は銀行で働かれていたと思うんですが、迷いはなかったんですか。

 

沖縄銀行で働いている時、窓口だけじゃなくて、クレジットカードの営業も担当していました。クレジットカードの営業に関しては、一人一人ノルマがあって、そのノルマを追いかけるのは別に良くて、どういう人にどう販売すればいいのかといった利用データがあれば、それを活用していけばいいと思い、「そういうデータがあるならください」と上司に言ったんです。その時に言われたことは「そんなものはない」と(笑)。もともと、蓄積されているデータを活用し、沈みゆく産業である銀行を立て直すような仕事がしたくて入社したのに、データをつくるところから始めないといけないんじゃ、立て直すのに何十年かかるかわからない。下手したら自分が生きている間に終わらないかも。そう思って、当時話が進み始めていたpaykeに軸足を移したいと思うようになりました。

自分で事業を立ち上げるために銀行を辞めたいということだったので、退職の話をすると支店長から事業計画書を持って来いと言われました。そんなことやった事もなかったですけどね。ネットで調べたりしながら、支店長に持って行きました。レベルの低い事業計画書を見せて、辞めることを反対されたり、批判されたりするのかなとか、どんなこと言われるかなと思っていたけど、実際もらった言葉はアドバイスばかりでした。「売上はこう計上しろ、税金はこう計上しろ」といった具体的な話ばかりで、「何か困ったことがあればいつでも頼って来い」とまで言ってもらえたんです。夜中のマクドナルドで、支店長と一対一、形もない事業の相談をしていただいた。ここまでしてもらったら、とにかく頑張るしかないって感じでしたね。

 

仕事のやりがいはどんな時に感じますか。

 

僕の場合やりがい以前に、仕事を頑張れる理由の一つとしてお世話になった人たちの存在があります。新卒で入った会社を1年で辞めていく僕のことを考えて、真摯に向き合ってくれた人たち。さらにその後も、こうやってpaykeが大きくなっていく中で、本当にいろんな人たちに助けてもらいました。正直仕事なんて、楽しい時とか調子が良い時はモチベーションなんていらないじゃないですか。でも、しんどい時や辛い時にどうやって維持するかが大事だと思うんです。僕の場合、それがお世話になった人たちに恥じない結果を残すこと。辞めたいなとか、もう無理だなと思うことはたくさんあったけど、そういう時ほど、とにかく意地でも結果を残したいという強い気持ちで事業を続けているんです。お客さんから良いサービスですねと言ってもらえるなど、良い反響がかえってくることが仕事のやりがいはであることは間違いありません。けど、お世話になった人の存在があるからこそ、事業を継続していくことができたし、その結果が人の役に立つようなプロダクトに繋がったんだと思っています。

 

 

これから10年後、将来はどうなりたいと考えていますか。

 

まず一つ、会社としては上場が目標ですね。そしてその先に、会社のミッションである「買い手・作り手・売り手、三方良しで、世界の消費高を10%上げる」ということをどう実現するか。世界中の商品がpaykeをつかって取引されるという、果てしなく難易度の高い目標を実現していきたいです。

個人的な目標としては、沖縄銀行の頭取になりたい。いつになるのか、そもそもそういうチャンスがあるのかも分からないんですが、頭取になりたいと言って沖縄銀行に入社したので、言ったからにはそれは実現したい。そのためにも、経営という部分でもっと実力をつけていかないといけないですね。個人的には地方銀行が苦しい時期を迎えることは間違いないと思っているからこそ、沈みゆく産業を立て直して、助けられる人もたくさんいると思います。外に出してもらったこと、そこで培ったものを銀行に持ってきて良くすることができれば、それも1つの恩返しになるのかなと。今のpaykeみたいに、0→100を形にするのもいいけど、マイナスに陥っている産業を+に変えていくことも、必ず社会のためになるんじゃないかなと。どれくらい実現可能性があるかなんてわからないですが、どうせならそれくらい難しいことにトライしていきたいと思っています。

 

最後に学生の皆さんに一言お願いします!

 

最近、学生の方と話していても「それはpaykeさんだからできたんだ」と言われることが増えてきました。けど、僕たちも最初から何でもできたわけじゃない。僕は基本どんな事も、できるかできないかって才能の差じゃなくて、スキルの差だと思うんです。

例えば、就活ってみんな同じ行動をするじゃないですか。履歴書に書くことも、面接で話すことも、アウトプットのほとんどが均一なものになると思うんです。企業目線で考えると、例えば50人採用するとして、その50人全員同じような人が欲しいかといえば絶対そうじゃないはず。イレギュラーな人も4-5名くらい採用する可能性がある。だったら、学生だってこの4-5名の枠を取りに行けばいい。そのためには、質の高くて他とは違うアウトプットを如何に目立ってやれるかが勝負になる。実際、白と青のシマシマのスーツ着たりとか、コミュニケーション能力の高さをアピールしたりしてるやつとかいましたよ(笑)。けど、僕たちの世代ではそういうこと考えて行動している人は10名もいなかった。そうすると2人に1人の勝負になるんです。残りの枠は2000人とかで取り合いですよね。どっちが結果でるかなんて、一目瞭然じゃないですか。

そういう風に、まずは勝ち筋を見つけること。その後は目標を手に入れるために、今できること、やるべきことをやれば良い。学生で時間があるのに、できないことなんてないですよ。まだまだ責任もないし、いろんな大人が会ってくれるし、話も聞いてもらえる。もしかしたら結果は残らないかもしれないけど、やるべきことをやって、しっかりスキルを身につけていくことが、正しいやり方なんじゃないかなと。

極論、facebookをつくったザッカーバーグにできて、自分にできないことはないんです。大事なのは、スキルの差なんだから、スキルさえ積んでいけば埋められないわけがないと信じることだと思います。多くの人がやるべきことをやらずに諦めちゃう。それって勿体無いなと。いま自分がやるべきこと、「結果に対して正しい努力」さえできれば、結果が残ってちゃんと評価してもらえるようになると思います。

 

 

比嘉さん、いろんなお話をありがとうございました!どんなに活躍している大人が相手だろうと、自分との差は才能よりもスキルにあること。その差を理解して、正しい努力を積み上げていけばいいのだということを教えていただきました。またお世話になった人たちへの感謝の気持ちを忘れない。そういう気持ちこそが強い力に変わるのだなと、改めて気づかされました。

 

paykeでは、エンジニアを募集中だそうです!

興味があるという方はこちらのリンクからどうぞ→https://bosyu.me/users/arakaji/wants/14063

 

さて次回は、比嘉さんからご紹介いただいた、あのお方に取材させていただきます!次回もお楽しみに!!

記事を書いたメンバー

記事を書いたメンバー

松田 和幸

琉球大学生。トポセシアの広報担当。SNS運用や広告物の制作、取材・執筆を行いながら、沖縄県内のwebメディアでもライターとして活動する大学生。おもに就活生に向けた企業紹介記事を書き、他のwebメディアでは企画記事なども書いている。オモコロとデイリーポータルZが開催した『日本おもしろ記事大賞』という記事のコンテストで、審査員賞を受賞したことがある。