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2019/05/19

はたらくおとなたち -第五回 株式会社RBCビジョン/YouTuber アスファルト城間さん-

みなさん、こんにちは!『はたらくおとなたち』では、社会人として働くみなさんに伺った、ご自身の仕事やそのやりがい、将来どんな人になりたいかといったお話を、読者のみなさんにお伝えしていきます。

インタビュー後、お相手の方に社会人として働くご友人の方を紹介していただきながら、わたしたちは多様な働き方を知る旅をしていきます。第五回目は、RBCビジョンでイベント企画の仕事をされながらプライベートではYoutTuberとしても活躍されているアスファルト城間さんです。

プロフィール:

アスファルト城間
株式会社RBCビジョンイベント事業部/YouTuber

沖縄国際大学卒業後、紆余曲折を経てRBCビジョンのイベント事業部に勤務。2016年には「南国MCバトル」を企画から広報、運営まで担当。3年かけて参加者、観客合わせて約1100名以上が集うイベントへと育て上げる。また会社員として働く側、プライベートではYouTuberとしても活躍。出身の西原町をテーマとした「西原町ラップ」や、得意のMCバトルを活かした「MCバトル マスオさんVSアナゴさん」といった動画を配信している。

 

YouTuberになられた経緯がとても気になるんですが、そもそも就活ってされてましたか。

僕は心理カウンセラーになりたくて沖国大で心理学を学んでいたんですが、卒業後はテレビ局でアナウンサーになりたいと思っていたので、就活はしてましたよ。まあけれど就活は正直舐めてたので、始めたのは3年生の10月から。普通はアナウンサーになりたい人って、みんな前もって専門の勉強してかなり早めから就活をはじめると思うんですけど、僕は全然準備もしてなくて。そんな状態だったので、県外の大手テレビ局はもちろん沖縄県内のテレビ局も全部落ちて、実は就職先も決まらないまま卒業したんです。

卒業後は大学院に行って心理学を深めるという選択肢もあったけど、それを仕事にしていくほどの自信はなかった。で、当時インターネットでいろんな方のブログを見るのが好きで見ていたら、奈良のとあるIT企業の社長のブログが目に入って、なんとなく面白そうだと思い連絡を入れてすぐに会いに行ったんです。その社長がワンピース好きだからっていう理由で、わざわざ履歴書に「自分をワンピースのキャラに例えたら誰か」みたいなのも書いて持って行きましたね(笑)。奈良まで行ったら2時間くらい面接してもらって、じゃあまずは2週間のインターンシップを経験してからにしましょうとなったんです。

それからインターンを始めてちょうど2日ですよ。「このままここにいちゃだめだ」と思って(笑)。仕事内容は2~3時間ほどの長さのアダルトビデオを圧縮してサンプルムービーを作る仕事でしたけどね。それが嫌だっていうより、その会社で働けばどんな成長ができるかという理想だけが先走ってて、結局現実とのギャップが大きすぎたのかもしれないです。それで社長に電話して、辞めたいですって。その時に直接会って言うんじゃなくて、電話で伝えたってことを今でも後悔していますね。

 

なんか壮絶ですね、、、その後はどうされたんですか。

まあその後は沖縄に帰ってきたんですが、親戚や友達からも祝ってもらって奈良に行ったのに2日で辞めて戻ってきたので、親にはずいぶん怒られて。それで4~5日ほど家出しましたね(笑)。で、帰ってきて親と話し合ったら、何かスキルを身につけるようなことを仕事にしなさいと三線を勧められて。今思えば無茶苦茶ですけど、僕も三線が好きだしいいかなと思ったくらいで、それから3ヶ月くらいは三線片手に海に行ってはひたすら弾いていました。そのうち、三線そのものが好きになってくるくらいでしたね(笑)。夜は居酒屋でアルバイトして、昼間は海で三線を引くといった生活をなんとなく過ごしていたんです。

そんな生活を過ごしていたら大学時代の友人に、テレビの制作会社は興味がないかと聞かれ、聞いてみると今日中に履歴書提出だと。夜はバイトもあったし「急に言われても困るな」くらいに思ってたんだけど、その友人が「私が履歴書も持っていってあげるから」と言われて。友人にそこまで言われたら履歴書を出さないわけにもいかず、、、幸い内定をもらうことができて、そこが今も所属しているRBCビジョンだったんです。

会社員として働き始めたと思うんですが、それからYouTuberになられた経緯を教えてください。

就職先は決まったものの、正直仕事を楽しむことは全く出来ませんでした。それまでの奈良での経験とか、逃げてきた経験とかのこともあって、全然自分にも自信がないうえに、やらされてる感じもすごいし。とにかく仕事が嫌で嫌で、最初の1ヶ月はストレスで毎朝吐いてから出社してました(笑)。家に帰ったらすぐ寝て、夜中の12時に起きて「まだ仕事に行かなくていい」、1時にまた起きて「ああ、まだ行かなくていい」みたいなこと考えてたり。土曜は外に出たくないし、日曜の夜は銭湯に行って「明日仕事行きたくないな、、、」とか考えていて。とにかく嫌で嫌で仕方なかったんです。

YouTubeも、その仕事の反動というか「自分のやりたいことやろう」みたいな、仕事のはけ口みたいな感じだったのかもしれないです。始めたきっかけ自体は、友達の結婚式で余興で動画を作ったことだったんですが。PC買って、ラップをつくって、意外とこういうこともできるんだなということを知ったのも大きかったし、みんなの反響を得ることも嬉しかった。だから、やりたいことを好きなようにやろうと思って。それがたまたまYouTuberだったという訳なんです。

なるほど。ちなみに、仕事が面白くなったのはどういうタイミングですか。

さっきも言った通りで、当時は全然仕事なんか楽しくなかった。だからとにかく自分のやりたいこと、好きなことをできる環境を選びたいと思って、転職活動を始めたんです。結果いろんな会社から仕事のお話をもらえはしたんですが、突き詰めて考えると「やりたいこと、好きなことってなんだろう」ということをまず自分自身がよくわかっていないんだなと思った。あれだけ、「やりたいこと、好きなことをやりたい!」と思っていたのにですよ。で、改めて考えたんです。今のこのRBCビジョンから、今までと同じようにまた逃げていいのかなって。本当はこの会社の仕事の中で、楽しめることを探す努力を自分がしてなかったんじゃないのか。もし今のまま転職して次の会社に行ったとしても、また同じ失敗するんじゃないかなって。それで、転職はやめたんです。

仕事が楽しくなったのは、本当にそのタイミングからです。とにかく、「この会社の中でやりたいことや好きなことをやればいいんだ」と思えるようになった。で、僕はちょうどイベントを企画する部署にいるんで、大学からずっと好きだったMCバトルのイベントを、企画したんです。「南国MCバトル」というイベントなんですけど、これまで3年で3回の開催。2018年に開いた3回目では参加者、観客合わせて400名ほどの人が集まるイベントに成長しました。そういうやりたいことを自分の仕事にできるようになってきてから、本当に仕事は楽しくて仕方ないですね。

 

城間さんのようにやりたいことを仕事にするためのコツはありますか。

結局、やりたいこととか好きなことを仕事にする人ってごくわずかなんじゃないかなと思うんです。僕も社会人になって6年くらいは、本当に仕事なんて1ミリも面白さを実感できなかったですし。けど、やりたくないこと、苦手なこともたくさんやってきた経験は、今になってとても大事だと思えるようになりました。あの時の経験の中で、何故この仕事が自分にとって嫌いなのか、継続できないことになってしまうのかがよくわかったんです。結局、常に僕は言われたことだけをやるだけで、受け身の状態だったのがよくなかったんだなって。

今は、仕事の中で自分がやりたいことを作り出すことが大事だということもわかったし、何事も能動的になれる。能動的な人生だから、とても楽しいんです。コツっていうのかわからないですけどね、やりたくないことや嫌なことから逃げない時期も必要だし、何故自分がその仕事を好きになれないのかを理解することも大事。その上で、何事に対しても能動的でいられれば、仕事ってある程度どんなことも楽しくてやりたいことに変わってるんじゃないかと思いますね。

 

これから先のアスファルト城間さんの目標を教えてください。

そうですね、まず35歳までに「失敗」をすること。今まで成功ばかりだからとかそういうことじゃなくて、僕って多分ずっと「失敗」から逃げ続けてきたんじゃないかなと思っていて。それこそ、2日でやめてしまった奈良の会社の時も、社長に直接「辞める」と言えなかったですしね。失敗するチャンスに向き合わずに逃げてばかりだった。なので、今できる範囲でしっかり失敗(=挑戦)を経験しておきたい。それで35歳から40歳の間で、その失敗を踏まえてしっかり軌道修正していきたいんです。そうやっていろんなことに挑戦して、できれば将来は本を出したいです。

YouTuberとしてはとにかく登録者数10万人。10万人までいけば、他のYouTuberからのコラボ企画や、企業からも依頼がくるかもしれない。きっと今の状態では起こりえないことがたくさん起こるし、それがまたいろんな経験につながるんじゃないかなって。だからこそ、自分がやってるメディアが、一定の信頼を獲得してる状態にはしたいなと思ってます。

 

最後に、学生の皆さんに向けて一言お願いします。

なるべく、やりたくないこととか、失敗から逃げないようにして欲しいなと思います。まあ別に逃げたっていいんですけど、逃げ続けると物事に取り組むハードルがどんどん高くなっていく。僕みたいに、仕事に行くことすら吐くほどのストレスになってしまうかもしれないし(笑)。だから、今向き合えるなら向き合ったほうがいい。それに、結局やりたいことっていつかどこかで「見つかるものだ」と思っている人も多いと思うんですけど、そんなことより今自分が持っているものや、置かれている環境から見付け出せるほうがいいんじゃないでしょうか。まあ僕自身は、やりたくないことをずっとやってきた中で、そういう気づきがあったので、必ずしもみんなに当てはまるものでもないのかもしれないけれど。でも、結局やりたくないことに向き合う中で、そこから好きなことを見つけられるよう自分の思考を変えていくことが、一番大事なんじゃないかなと思います。

アスファルト城間さん、ありがとうございました。やりたくないこと、やらされていることをやりたいことに変えるためには、受け身でいるのではなく何事も能動的でいること。そんなスタンスがあるからこそ、仕事やYouTuberとしての活動の企画が楽しいものになっているんだなと思いました。仕事が辛いものになるか、楽しいものになるかは、全て自分の在り方次第なんだなと気づかされました。

 

そんなアスファルト城間さんのYouTubeチャンネルはこちらから!

(チャンネル登録よろしくです!)

https://www.youtube.com/channel/UCM7d6hQexUfmwEwBL_5JK6A

 

さて、次回はどんな方にお話をお聞きできるのでしょうか。今から楽しみです!みなさん、次回の記事も是非読んでくださいね!最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

記事を書いたメンバー

記事を書いたメンバー

松田 和幸

琉球大学生。トポセシアの広報担当。SNS運用や広告物の制作、取材・執筆を行いながら、沖縄県内のwebメディアでもライターとして活動する大学生。おもに就活生に向けた企業紹介記事を書き、他のwebメディアでは企画記事なども書いている。オモコロとデイリーポータルZが開催した『日本おもしろ記事大賞』という記事のコンテストで、審査員賞を受賞したことがある。