50人が語る「わたしの道」ライフキャリアマップ
2023/02/04
50人が語る「わたしの道」ライフキャリアマップ ー阿野 翔大さんー
トポセシア10周年を記念してスタートした本企画は、これまでトポセシアに関わってくださった方の中から50人にインタビュー。
これまでのキャリアの中でどのような道を歩んできたのか、そして、これからどんな道を歩んでいくのか、記事として綴っていきます。
何かに迷った時、もう一歩踏み出したい時、また違う誰かの力になるはずです。
海と山に挟まれた名護市のわんさか大浦パークにあるカフェ「スーミーコーヒー」。
約束した時間の少し前に入店すると、阿野さんは昨日まで開催されていた写真展から、いつものお店に戻すための後片付けをしていました。
名護市街からは少し離れたスーミーコーヒーですが、写真やアート、音楽などの展示会・ライブを開催すると、若者が集まってくるようなカフェ。
もうすぐ門出を迎えるというスーミーコーヒーで、阿野さんが歩んだこれまでの道を伺いました。
“大人の評価”に疲れた、学生団体時代。
阿野さんがこれまで歩んだ道のりを一言でいえば、とにかく人に巻き込まれる。
「あれやって!」とお願いされることもあれば、いつの間にか巻き込まれていることも。
最初に”巻き込まれた”のは、大学時代の学生団体。
「小学生の頃は兵庫県の姫路に住んでて、そこだと収穫が終わった田んぼで野球したりとか、虫取りに行ったりとか、木に登ってびわを食べたりとかで遊んでて。でも、だんだん山がなくなって、住宅地になっていったのが原体験というか、悲しみみたいなのがあったんじゃないかな。」
それが原体験となり、小学生の頃から環境問題に関心があった阿野さんは琉球大学農学部に入学。1年次から参加した農村地域に関わるインターンシップで、阿野さんの考え方を変える人と出会います。
「昔の人の持続可能な生き方が、未来を生きていく人のヒントになっていくのかもねってインターン先の上司と話していました。飛び越えたような技術とか、研究成果をあげてというのをやらないといけないと思っていたけど、そういうアプローチもあるよねって。」
その後、上司はインターン先から名護市へと転職してしまいましたが、まだまだ一緒に活動したいという思いから学生団体を立ち上げて、上司の後を追うように名護市の農村地域”嘉陽”と関わるようになりました。
「学生団体として行事とか農作業を手伝っていたんだけど、仲良くなっていくうちに、『農学部なんだから、使っていない田んぼで何かやれ!』と言われて。みんなで田んぼを耕して、田植えして、草取りして、収穫して、最後は収穫した稲の藁を嘉陽の綱引きで使ってもらうまでやってました。」
嘉陽の住民に田んぼを任され、若者が身をもって農業を体験する阿野さんの学生団体は、”大人たち”の評価に巻き込まれていきます。
「学生団体って、社会のためにっていうところが強いじゃないですか。でも、そこに尖りすぎると、大人から下手に褒めてもらえることが、すごい多くなって。最初は自分が楽しくてやっていたはずなのに、途中から褒めてもらうためにやってるような感じになってきて、すごく疲れてる時期がありました。」
自分が好きなことと求められることのバランスに迷ったことと、他のメンバーが就活や進学の準備に忙しくなっていたことが重なり、4年次に学生団体を解散。
学生団体として活動している頃からミーティングの場としてトポセシアを利用していましたが、2年次の終わりからは学生団体と並行してアルバイトとしても働くようになりました。
「学生団体が解散したことで余白の時間ができた時に、同じアルバイト生の又吉みわが、その時期にすごく盛り上がっていたフリーペーパーの展示会を開催することになり。(開催の)一週間前くらいになると、トポセシアのタイムカードを切ってから、自分も毎日3〜4時くらいまで残って準備を手伝っていて。」
自分がやりたいと思って始めたはずの学生団体が迷いながらも解散し、その余白に入ってきたのは、好きなことを表現する場をつくる友達の手伝い。
「その準備の時に、みわに『なんでやっているの?』と聞いてみたら、『楽しくない?!』『これ可愛くない?!』『これやばくない?!』って返事しかなくて、『それでいいの?(笑)』って思った。ここまで全面的に好きなものを好きっていう人を初めて見て、そこから自分のネジが外れ始めて、内省期に入っていったのはその時期かな。あの頃の自分には、みわが宇宙人に見えてたと思う(笑)」
宇宙人との出会いで何かが外れた当時を思い出しながら、「自分も何かを表現したいと思って、みわと”お昼休みギャング”というグループ(?)を結成して。トポセシアの前や大学の広場でフリースタイルラップをやってました(笑)とにかく、これいいね!楽しいね!って感じで。アートとか、芸術とか、自分の中から溢れるものを表現するのが楽しいっていうことを、みわから学びました。」と恥ずかしそうに話します。
これまで自分が好きなものを持ちながらも、人に着いて行ったり、任されたりと、何かと巻き込まれながら歩んできた阿野さん。今回も同じく巻き込まれるように参加したフリーペーパー展示会やお昼休みギャングを通して、奇しくも自分の中の好きなものを思いのままに表現することに出会ったのだそう。
巻き込まれてばかりの人生なのかも
大学卒業後は田んぼを引き受けていた嘉陽に移り住み、これまでの経験を活かして農村地域や農業に関わる企業2社にダブルワークで勤め始めます。
「その内の1社がかなりきつくて。歯を食いしばりながらやってたけど、精神的に参ってしまって、もう1社の仕事も手につかなくなって、そのうち外が怖くて家から出られないような状態になってしまいました。名護のA&Wの駐車場で『未来が見えねー!!』って1人で叫ぶくらい、とにかくその頃はやばかったです(笑) せっかく嘉陽に移り住んだのに、地域の行事にも関われず、俺は何したいんやろって思っていました。学生団体の頃に培っていたプライドみたいなのも叩き折られて。」
学生団体での高い評価をどこか引きずりながら就職をした阿野さんですが、仕事や人間関係の辛さとこれまでの評価との折り合いがつけられず、挫折してしまいます。
「仕事を辞めた翌年に、子どもができて。どうしようと思ったけど、子どもができたしうかうかしてられないと思って、お昼は名護のTSUTAYAでレジ打ちして、夜はホテルの皿洗いをして何とかお金を貯めないとっていう生活で。子どもができたのがきっかけで、どうにか生きていかなきゃとも思っていたし、外に出て自分の中で生きる喜びを探さなきゃとも思った。それに、周りに誰も俺を責める人がいなくて。みんな大丈夫としか言わないし、『俺って大丈夫なのかもな』と思うようになったから、友達とかみなみに支えられたと思う。」
子どもができたことをきっかけに、周りに支えられ、励まされ、引きこもりの時期を乗り越えた阿野さん。立ち直った時期を語る阿野さんの表情を見ると、お子さんが阿野さんを次のステップに巻き込むように生まれたのかもしれないと感じられました。
それからしばらくして、わんさか大浦パーク内で何かをやって欲しいという話がきて、奥さんのみなみさんがスーミーコーヒーをはじめます。
「スーミーコーヒーは、みなみが1年間くらい一人でやっていたんだけど、もっと安定して経営するために俺も入ることになって。みなみがやりたいって言ったことに、いつの間にか巻き込まれたのかもしれない(笑)考えれば、そんなことばかりの人生だったかなと思う。田んぼをやりはじめた時も、学生団体も、みわの時もそうだし、俺発信でやったことはなくて、とにかく巻き込まれ体質(笑) 何かと俺が目立つんだけど中心になる人は別でいて、自分で旗振っているように見えてるけど、旗を振らされているってことに喜びを感じているかもしれない。」
周りからは、阿野さん発信で始めたと思われていることも、実は発起人は別でいる方が多いのだとか。巻き込まれ体質に加えて、旗振り役も担える人柄が、誰かに阿野さんを巻き込ませたくさせているようにも感じます。
“誰かにとっての何かを表現する”ためのミュージックバーを。
2022年12月で3周年を迎えたスーミーコーヒーですが、施設のリニューアルという事情で2022年12月18日を持って閉店となってしまうのだそう。
「トポセシアでアルバイトしてる時に見つけたことだけど、誰かにとっての何かを表現することの手伝いって楽しいなと思っていて。スーミーコーヒーでも、絵を描き始めたばかりの人が個展をやってくれたり、県外からアーティストが来てライブをやってくれたりしていました。」
”誰かにとっての何かを表現する場”として、いつか名護でミュージックバーを経営したいという阿野さん。
「表現することって、自分の中を見つめるというか、本当に好きなものってなんだろうとか、自分って何を大切にしたいっていう人間だっけということを見つめ直すことって気がするんです。みわとお昼休みギャングをしてたころはおちゃらけてたけど、あの頃からそんな考えが始まっていたんだと思う。」
何かを表現する手伝いを通して、嘉陽という地域とも改めて繋がり直したいと言います。
「公民館で働いている時にも感じていたけど、地区の行事がすこしマンネリ化していて。例えば嘉陽音楽祭とか、みんなが楽しいものを作っていくことで、嘉陽の中の大切なものを見つめ直す作業ができたらいいと思うし、自営業って大変すぎてあまり地域と関われなかったから、いち区民として改めて地域と繋がり直したい。」
これからは、自分の好きなものである音楽を軸として、誰かの表現したいことが集まる場を作り、地域にも貢献していきたいという阿野さん。
次のチャレンジでも、また”巻き込まれる”場を探して歩んでいるのかもしれません。色々な人に巻き込まれながら、いつの間にか地域の旗振り役として楽しそうに活躍する阿野さんが目に浮かびます。